2013年02月12日

テレメンタリー2013 2月11日放送分を見て

 昨日深夜、テレビ朝日のドキュメンタリー枠にて、山形大学生死亡訴訟が取り上げられておりました。

 一人暮らしをしていた大学生が早朝、体調の不良を理由に救急車依頼をしたのですが、会話の内容から「不必要」を判断され、そのまま亡くなった(通話の履歴や死亡推定時刻からそう考えられる)というもの。山形市側は判断は適切だったとして、裁判で全面対立となっているとか?

 この一件、無論知ってはおりましたが、恥ずかしながら時と共にその内容は鮮明さを失い、すっかり色あせてしまっておりました。いかんですね、ほんとに。 

 番組によると、山形市においては意識が清明であるか、自力で歩行が可能であるか? 嘔吐はあるか? など6項目を確認し、対応した者が搬送を判断するのだそうです。

 番組の冒頭では当日の音声記録が流されておりましたが、明らかに声色がおかしいです。個人の印象となりますが、私の感覚ですと少し聞いただけで普通の状態でないのが分かるレベルです。

 担当者の「一人で歩けますか?」という問いに対して、本人は確かに「動けると思います」と答えています。しかし、そこに至るまでの会話は明らかに不自然。年齢を問われ「19です」と答えた彼は、次の「お名前は」との質問に再度年齢を返答しています。問い直されてようやく苗字を名乗っていますが、それも呂律(ろれつ)がはっきりしていません。

 続いての「歩けるの?」という質問に彼は先述の様に答え、そこから話は一気に”タクシーを使い独力で病院に向かう”方向へと進んでいきます。

 全ての状況、展開を知っているわけではありませんから、私は山形市や消防、担当者を責めるつもりはありません。しかし、この6項目の判断基準については疑問を感じざるをえないです。この方式ですと、たとえば大した症状、緊急性がないのに救急車を呼ぶような人と、重症であったり酷く不調であるにも関わらず我慢をしてしまう人、無理をしてしまう人を同基準で判断する結果につながるように感じるからです。実際、通報を受けての即断には無理があるとして、基本的に救急車を出動させる方針を取っている自治体もあるとのこと。

 電話の声を何度も聞いてみましたが、おそらく彼は後者だったのではないか。「歩行が可能なら自分で病院に行ってもらおう」という意図を言外に感じ、それを受け入れてしまったのではないか。そう思えてなりません。

 これは番組の主題外となり、もちろんそこまで言及されることはありませんでしたが、これには有料のサービス、それこそタクシーの様に救急車を利用しようとする人々の影響があるのかもしれません。私たち個人個人が考えていかなければならない事だと思いますが、だからと言ってすり込まれたそうした意識が通報を遅らせたり、要請時の遠慮に繋がってしまうのも本末転倒でしょう。

 その対策として救急相談センターがあり、搬送の必要性や行くべき病院についてアドバイスしているわけですが、119番とどちらにかけるかという判断は結局こちら側に任されているわけです。有用であるには違いありませんが、根本な解決にはならないような気もします。窓口(通報先)は一本化し、救急、病院、民間(タクシー会社など)を密に繋げた、総合的なシステムを作っていくようなことは出来ないものでしょうか。



 もう一つ、こちらは全く関係ない話なのですが、遠隔操作ウィルス事件で容疑者が逮捕されましたね。面白い(いや、面白いなどと言ってはいけないのでしょうが)のは、逮捕前の容疑者の映像ががんがん流されている事。これはあれですね、本人に許可を取って撮影されたものではないはずで、判決確定どころか逮捕前であっても、プライバシー侵害にはならないと、そういう事なのですかね。

 彼が真犯人なのかどうかですとか、そうだったとしてその犯罪をどう考えるかという事を書くつもりはないのですが、映像を見ていてふとそんな事を感じた次第です。

 それと、報道する側にある意図を感じてしまいますね。この事件に関わらず、結論ありきの報道が多すぎる気がします。もっと淡々と、冷静に事実関係を伝えていくやり方はないものか。送り手さんには自らの報道を客観的に、もう一度考えてみて欲しいと思います。まあテレビ制作も商売ですからね。見てもらわなくてはいけないですから、いろいろと大変なのでしょうが。


posted by omune at 22:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ、映画、ビデオ | 更新情報をチェックする
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