2014年10月27日

NNNドキュメント 『 「119」つながらなかった救急 』を見て

 本日の日本テレビ『 NNNドキュメント 』において、この過去記事の問題を取り上げておりました。タイトルは『 119 つながらなかった救急 6分20秒 』です。

過去記事 『 テレメンタリー2013 2月11日放送分を見て

 詳しくは過去記事を読んでいただくとして、今回の番組では亡くなった大学生が救急依頼をしている電話内容、6分20秒を全て放送してくれました。

 じっくりと聞かせていただきましたが、いやこれは酷いです。

 明らかに尋常ではない様子(声色、応答の様子だけでただ事でないのは分かります。普通の神経をしていれば)の彼に対して「自分に病院に行ってくれ」と指示したというのもそうですが、何度も何度も同じことを繰り返し聞き、相当に体調の悪かっただろう彼が、おそらく朦朧として返答できないといつまでも待っている、無理に答えさせる。しかもタクシーを呼べと言いながら、その電話番号は自分で調べろときたもんです。

 6分ですよ、6分。担当の方はいったい何を考えて、何を感じて電話を受けていたのでしょう。その無神経っぷりは何なのでしょう? 職務上の過失はないそうで、なんともお気楽な主張ですよね。その時、5台あった救急車は全て在車、消防署で待機状態だったそうじゃないですか。

 以前の記事では山形市の担当者さんや関係者さんを責めるつもりはないと書かせていただきましたが、今回、やり取りの内容をすべて聞かせていただいて、それは撤回させていただきます。彼は「救急車の要請ですか?」との問いに対して「はい」と答えています。結果、消防はそれを無視し、彼はそのまま亡くなった。これは事実であり、そこに言い訳など無用です。往生際が悪いと言いますか、浅ましすぎますよ。

 もしもこの応対をしている相手が自分の親だったら、子どもだったら、兄弟だったらどうしたんですかね? やはり同じ指示をして、そして亡くなってしまったとしたら、それは本人が悪かったのだと言ってのけるんですかね? 山形市は裁判で争っているようですが、すぐにでも謝罪、主張を取り下げるべきではないでしょうか。

 この番組、もしも身近に録画された方がいらっしゃいましたら、ぜひ皆様ご覧になってみてください。これが許されては絶対にいけないと私は考えます。本当に、本当にひどすぎます。

 ちょっと、いやかなり熱くなって書いてしまいました。申し訳ありません。

 が、この問題、もっともっと議論を重ねられるべきなのではないかと思います。無駄な通報、出動が多いというのも分かりますが、それなら出動を有料制にしても構わない。というか、するべきなんじゃないですかね。呼べるものならタクシーの方が安くなる設定で良いじゃないですか。さらに、各地のタクシー会社に協力(輪番制として、勿論有償で良いでしょう)を依頼して、タクシー移動が可能な患者さん用に深夜の待機車両を用意しておいてもらうとか。

 呼ぶ側にしても本当に緊急だった場合、その場で料金の事なんか気にしないでしょう。とにかく少しでも早く病院に連れて行ってもらいたい。普通は、だからこそ救急車を呼ぶわけですから。




posted by omune at 01:24| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | テレビ、映画、ビデオ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ツイッターからきました。今視聴中です。
過去、救急病院でアルバイトをしていた事がありますが実際軽症で運ばれてきた人は3~4年の間で数えるほどだった覚えがあります。むしろ重症なのにタクシーで来られる人が結構いました。看護士長が我慢せず救急車呼びなさいと、何人かの患者さんに言ってたのを思い出しました。
我慢して呼ばない人のほうが圧倒的に多いです。救急い電話する=非常事態なので基本的には出動態勢を取って欲しいですね。この件はやるせないです。
Posted by とおりすがり at 2014年10月27日 01:31
 とおりすがり様、コメントありがとうございます。

 私はそういった現場を存じあげませんので、野次馬的なコメントになってしまうと言いますか、勝手な感想になってしまいがちだとは思うのですが、とおりすがり様の実体験では、救急車が不必要な患者さんの割合はその程度であるという事ですよね。

 中には救急車をタクシー代わりのように使う人もいるといった報道がなされていますが、実際のところ、どういう状況なのかが私にはよく分かりません。しかし、この件については消防側の応対があまりに通り一遍といいますか無機質であり、業務の本質が見失われているように思え、どうしても憤りを感じてしまいます。

 救急車を呼べばすぐに来てくれる。これは安心して暮らせるための重要な社会基盤の一つでしょうし、そこには消防の方々の献身的な働きがあるのは確かでしょう。それを貶めるつもりは毛頭ありませんが、実際にああいう応答で人の命が失われているのもまた事実です。

 ただ「不必要な救急要請がー」と主張しているだけでなく、出動に対する基準、判断方法の見直し、救急車の存在意義などを再検討、議論していく必要があるだろうと、この番組を見て改めて感じた次第です。




Posted by omune at 2014年10月27日 13:22
他に どなたか 見た方がいらっしゃらないかと思って 検索して たどり着きました。
40代の母です。
ひさびさ悲しみと怒りを強く感じましたね。 

救急車5台もあって しかも すぐそばで
19歳 1人暮らしと 伝えているんだから
なぜ 出動しなかったんでしょ?
私には 全く わかりません。

少子化の時代に 子供死なせて どうするんだ? と思いました。

息絶え絶えで 吐いたって言ってるし
4階で エレベーターないって いってますよね。

ただの怠慢としか 感じません。
救急車 出はらって 一台もないなら 
ともかく。

最悪ですね。これは。
何のための 救急車なんでしょう?

身内に 救急病院の 看護師がいますけど これは ないと 言ってます。
だって 5台あったんだから。

正直 あきれました。
お母様の無念さを 思うと
やりきれません。

Posted by 私も通りすがり おばさんですが。 at 2014年10月27日 18:39
 こんばんは、初めまして。コメントをいただきありがとうございます。

 お子様をお持ちの方として、この事件に対するお気持ちは尚更只ならぬものがあるのではないでしょうか。

 これが裁判で争う展開になってしまうというのですから、市側の考え方には釈然としないものを感じます。そうやって争っているうちは、根本的な改善には進展していかないのではないかと思いますし。

 ただ、怖いのはこれがその時応対をした担当者への個人攻撃になってしまう事でして、一日に何本という救急要請を受けているうちに、良くも悪くも感性が鈍くなっていく部分もあるのだとは思うのです。

 そうしていくうちに本文中で書かせていただいた「感覚の麻痺」が生まれていくのではないかと。

 担当者それぞれに違う感覚、感性を吸収するために救急出動に一定の基準を設けていたわけで、この場合担当者さんがその6項目に適合しないと判断したというわけでしょう。

 無論、そうした基準があったにせよ、あの声色、話し方を聞いて危機を感じなかった感性の鈍さに問題はあるでしょうが、だからこの担当者さん(二人ですね)が職務怠慢だったのかと言えば、それも違う気がします。何度も言いますが、救急に携わる者として、その感性はどうかと感じますが。

 で、問題はその基準の設定そのものにあると考えるべきなのではないかと。つまりは山形市という事ですよね。

 繰り返しになってしまいますが、市にはまずは係争を停止し、謝罪、賠償を受け入れたうえで、救急要請についての議論、検討、改善を進めていって欲しいものです。誤解を恐れずに言えば、せめて前向きな考え方で事態に当たっていって欲しいと願います。



Posted by omune at 2014年10月27日 20:30
私はボランティアで施設介護でお手伝いしました。顔色を見ながら、会話をして脈を取るから状態を判断する看護師さんに比べ、顔を見ないでタクシー利用に誘導 救急車出動要請に基準無い
長野は電話があったら救急車出動要請
タクシーで行くにも症状聞いて救急車出動要請
Posted by 本籍は長野 at 2014年10月28日 06:59
本籍は長野様、こんばんは。コメントをありがとうございます。

 そうですよね、本来はおっしゃる通り、救急車要請を受けた場合は、基本的にすべてのケースで出動すべきなのだと思います。加えて、この山形市の場合は待機救急車がしっかりとあったわけですから。

 ただ、その本質を時に捨てざるを得ない状況にしてしまっている要因が存在しているのもまた事実だと思います。

 何度も書いてしまいますが、これを契機にシステムや出動基準、そして我々利用する側の意識についても再考する流れが出来ていけば良いのですが。



Posted by omune at 2014年10月28日 23:03
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