2016年02月05日

テレビニュースのアテレコに思う

 最近テレビニュースを見ていてよく感じる事なんですが、様々な事件報道において例えばLINEやメール、遺書などの文面にわざとらしい声を当てるの、あれ一体なんなんですかね。

 いや、バラエティー番組やクイズ番組なら気になるどころか、ながら見には丁度良かったりするのですが、報道番組というのは事実を事実として伝えるのが役目であるはず。解説が必要なのは確かですが、事実をどう受け止めるかは最終的には視聴者に委ねられるべきでしょう。

 無論、民放においてはニュース番組とてスポンサーを獲得する商品の一つであるのは確かなわけで、様々な方法で視聴者の目を引き付ける必要はあるかもしれません。しかし、やはり節度は必要なのではないでしょうか。

 ご存知の方には余計な説明となってしまうかもしれませんが、そうした文面、たとえば自殺された方の遺書であったり、被害者が犯罪に巻き込まれる前のLINE文面、取り調べ中の容疑者の発言などを感情たっぷりに読まれた時、強烈な違和感を感じるのです。

 そういう朗読を聞いているとですね、当たり前なのでしょうが年頃の女性被害者のLINEを読む時にはまるでアニメのキャラクターの様な声色や語り口を、変質者的な犯人にはやはりそれっぽい声、読み方で当ててくるわけですよ。そう、まるでそれが本人によるものであるかの様に。

 で、当然ながら暗い性質の罪を犯した(あるいは容疑者)の声に明るい好成年、あるいは爽やかな声をあててきたりはしないわけで。

 これってある種の感情操作なんじゃないですかね。具体的には被害者をより可哀想に感じさせる、あるいは容疑者、犯罪者をより酷い人物に感じさせるという意図を感じてしまうのは私だけでしょうか。事実を事実として伝えるという報道番組において、それは致命的な『 お節介 』と思えてなりませんし、あまりにも安い価値観と感じられてなりません。



 なんて書きましたけどね、まあ嫌なら見なきゃいいわけです。人間というのは便利なもので「あ、また始まった」と気が付けばチャンネルを変えたりスイッチを切ったりしなくても情報のシャットアウトというのができるんですよね。うーん、人間ってすごい(脂汗)

 じゃあ、なんでそんな事を書いたのかと問われると困ってしまうのですが、まあ駄文ブログとしてはたまにはそんなもの良いのではないかと思いまして。というわけで、ふと漏れだした下らない呟きでした。




posted by omune at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ、映画、ビデオ | 更新情報をチェックする
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